最近気になっている発達障害について考えました

「発達障害」という言葉を最近よく目にします。
多分私に子供ができて自分の子供が
もしそういう障害だったらと無意識に目が行くようになっているんだと思います。
まだ1歳なのでそういう障害があるかは全くわからないんですが
それでも情報は知っておいたほうがいいと思っています。

もし自分の子供が「発達障害」だったら・・・
その時どう関わっていけばいいのか。

まず何が不安になるか。

学校でいじめられないか。
社会に出て生きていけるか。
将来仕事につけるか。
犯罪に巻き込まれないか。
そして私たち親が死んだ後も一人で生きていけるか。

でも障害があるにしろないにしろ
一人で生きていけるように育てなければと思います。

「一人で生きていく」ということは
誰にも頼らずたった一人でということではなく
いろんな人に助けてもらいながら
そしてそれに感謝しながら
自分勝手には生きずに生きていくこと。
そんな風に生きていってほしいと思います。
ただ私自身がそんな人間かと言えばそうでもないけれど。

親のエゴかもしれませんが
幸せに生きていってほしい。

そして誰かを幸せにしてほしい。

そんな人間に育ってほしいと思います。

ACのCMに見える現在のSNSの炎上現象と社会

東日本大震災から7年を迎えました。発生当時はニュース映像があまりにも見るに堪えない映像が流れていて、民放がCMににぎやかな内容を自粛して、おおむね流れていたCMはACのもので、金子みすゞ先生の言葉を静かに朗読しているものか子供たちがダジャレのようなあいさつでほんわかした雰囲気のCMが多かったことを思い出しました。先日、何気なくCMを見ていたら、ACの新バージョンが流されていました。いわゆる童話桃太郎の最初の場面のシーンで、おばあさんが川からどんぶらこと流れてくる桃を見つけて、川から引き揚げた後にその桃を包丁で割るところのシーンを見て、名前も知らない人がおばあさんの行為について、あれこれ批評のコメントを書き込み、そのコメントを皮切りに炎上していく場面が描かれていました。顔の見えないSNSの世界では、金子みすゞ先生の詩にある相手を慮るような気遣いなどのない言葉が刃物のように飛び交い、殺伐とした社会を物語っていると感じました。東日本大震災では「絆」が叫ばれて、みんなか一つの目標に向かって協力しました。相手を慮るからこそ絆になるのであって、容赦なく相手を傷つける言葉を慎まなければいけないと思いました。キレイモ 初回